村上龍さんが自身の最高傑作と呼ぶ『五分後の世界』は、歴史改変SF小説であり1945年8月5日を境に現在と並行した別の世界が描かれています。
この作品を読み終えると、五分後の世界を通して現代日本への痛烈なメッセージを受け取ることになります。
あらすじ
箱根でジョギングをしていたはずの小田桐はふと気がつくと、どこだか解らない場所を集団で行進していた。そこは5分のずれで現れた「もう一つの日本」だった。「もう一つの日本」は地下に建設され、人口はたった26万人に激減していたが、第二次世界大戦終結後も民族の誇りを失わず、駐留している連合国軍を相手にゲリラ戦を繰り広げていた……。
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五分後の世界では少数の日本人が地下を拠点として連合軍とゲリラ戦を続けながら、誇り高く生きていました。もう一つの世界が描かれることで私たち読者は現在の日本をもう一つの世界側から見て考えることができるようになります。
荒唐無稽な設定に思われるかもしれませんが、設定が綿密に組まれており決して起こり得ない歴史ではなかったことがわかります。
誇り高き日本人という世界観
五分後の世界に生きる日本人は1945年に降伏することを拒んだ世界を生きています。人口は26万人まで減少しており地下にアンダーグラウンド(UG)という組織を結成して連合国軍とゲリラ戦を続けています。
そこでは勇気と誇りを持ち、生き残るという明瞭な目的意識を持った意思のある日本人が描かれています。そしてその世界には差別がありません。
五分前の世界の日本人とは対照的な描かれ方をしており、はじめは突飛に思えた別世界の設定も、起こり得ない歴史ではなかったと感じるようになります。そしてそれと同時に当たり前に存在している現在の世界も、決して必然的に通った歴史ではなかったことを実感します。
現在の世界を思考停止の状態で受け入れてしまい、強い意思や誇りなくただただ生きてしまっているかもしれないと強烈なメッセージに現代の日本人として強く心が打たれます。
文化を受け入れる
五分後の世界は降伏を拒んでおり、文化の面でも自国のものに誇りを持っています。
作中では日本のビールを飲む印象的なシーンがあります。「桜」というラベルが貼られた瓶ビールで、富士山の地下水を使って純粋なドイツ方式で造る味が濃くアルコール度も高い、信じられないくらい美味しいと語ります。それと比べてアメリカのビールを「何の味もない」と一蹴して否定しています。
翻って現代の日本を考えてみると、街中に英語が蔓延りファッションや食べ物から音楽まで、あらゆる文化を無条件に受け入れている様に思います。日本古来の文化を誇りを持って守るということはできずに、外国文化の浸潤は止めることができなかったと言えます。
最後に
村上龍さんが最高傑作と自負するだけあって、設定から一つ一つの文章まで全てに力強さを感じます。読者もこれに必死についていくため脳内はとても疲れることになりますが、疲弊した脳の状態で現代の日本をあらためて考えることができると思います。
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