タイトルにもある「音楽は何かの役に立つのか」という辛辣な問いですが、どうも日本では「斜陽産業」とか「売れないバンドマン生活」とか、あまり景気が良いイメージが持たれていない業界な気がします。
一般家庭にて「就職活動はせずに音楽で食べていくことにする」という会話があった場合、多くの親御さんが心配してあの手この手で引き止めたり説得している印象があります。やはり芸術関係を学ぶことは将来の就職やビジネスに直結しないために「音楽って何の役に立つの?」といったリアクションを垣間見ることになっている感があります。これでは音楽にのめり込んでいる若者が夢を持てなくなってしまいます。
今日はそんな音楽の社会的効用を見出せずに悩んでいる人向けに(そんな人どれくらいいるか知りませんが)、「いやいや人生において音楽は必要だ」と伝えられるような本を紹介しようと思います。
音楽配信サービス

最近『Spotify 新しいコンテンツ王国の誕生』という本を読んでいます。僕も愛用している音楽ストリーミング配信サービスのSpotifyがデジタル音楽業界を席巻していく物語が描かれています。もしかしたら欧米人は日本人より音楽が文化的に定着した環境で育っており「音楽好き」といったカテゴライズすることもなく、音楽が好きなことは当然の文化なのかもしれません。
そしてそんな誰もが当然の様に聴いている音楽は当然ビジネスになり得ます。デジタルがアナログに取って代わった現代、音楽とコンピューター技術を掛け合わせた起業家たちは続々と億万長者の仲間入りを果たしているようでした。
そう、音楽はこれだけ儲かるんです。AppleだってiTunesとiPodで音楽業界の経済をひっくり返すことで巨万の富を得ました。何も演者としてステージにあがることだけを目指す必要はありません。音楽をビジネスとして捉えて最新の動向と技術を掛け合わせるとまだまだ夢のある業界だったのだと、しみじみ感じているところであります。
スカミュージシャンはエッセンシャルワーカー

『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』という本では、資本主義社会が拡大して細分化を続けた結果、世界中に本質的には価値のない無駄な労働が溢れていると指摘しました。そこで例として挙がっている業種は投資銀行の顧問や広告代理店の画像編集者など。給料は高く社会的評価も高い業種ですが、その仕事がなくなったとしても社会は特に変わらないような仕事であり、本書では「その仕事をしている当人もそのことに気づいている」ということが繰り返し指摘されています。
そういった「ブルシット・ジョブ」の一方、給料は低いがその仕事がなくなると社会的影響が高い仕事をエッセンシャルワークと呼び、看護師やビルの清掃員などがこれにあたります。看護師がいなくなるとその社会の医療体制は崩壊し、清掃員のいない社会は衛生状況が目に見えて悪化するでしょう。
そんな文脈のなかで著者のデヴィッド・グレーバーはこう言っています。
教師や港湾労働者のいない世の中はただちにトラブルだらけになるだろうし、SF作家やスカ・ミュージシャンのいない世界がつまらないものになるのはあきらかだ。
『ブルシット・ジョブズ クソどうでもいい仕事の理論』p.8
著者は社会において音楽の役割が大きいと捉えているようです。この一文に音楽は何の役に立つのか考えるうえでの大きなヒントがあるような気がします。
鬱への特効薬
アメリカ人SF作家であるカート・ヴォネガットがエッセイ『国のない男』でこんなことを書いています。

音楽に話を戻そう。音楽のない人生よりも音楽のある人生の方が楽しい、という人がほとんどだろう。軍楽隊の演奏であっても、平和主義者のわたしでさえ、聞くと楽しくなってくる。わたしはシュトラウスやモーツァルトが大好きだが、アフリカ系アメリカ人がまだ奴隷の頃に全世界に与えてくれた贈り物はとても貴重だと思う。この音楽こそ、いまでも多くの外国人がわれわれのことをほんの少しは好きでいてくれる唯一の理由だといってもいい。この、世界中に広がっている鬱状態によくきく特効薬は、ブルースという名の贈り物だ。
『国のない男』p.88
現代のポップミュージックもルーツを探るとロックからジャズへ、ジャズからブルースへと辿り着きます。ブルースには憂鬱という意味があり、もともと奴隷労働者たちが肉体的苦痛をごまかすために歌ったことがはじまりでした。
ヴォネガットは本章で、雇われた黒人奴隷よりも白人の雇い主の方が自殺率が高かったことにも触れています。音楽は憂鬱な気持ち、絶望への特効薬として作用することが説明されています。

現代の日本社会ではなかなか景気よく音楽を楽しみづらい状況かもしれません。しかしそんな時でも「音楽のない人生よりも音楽のある人生の方が楽しい」ことが本質でしょう。だからこそ、それにより儲けることも可能だし、エッセンシャルな営みとして特に意識する必要もないのかもしれません。音楽は「役に立つ」という文脈で考えるものではないのかもしれませんね。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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