村上春樹の『ノルウェイの森』に「時の洗礼を受けてないものを読んで貴重な時間を無駄に費やしたくないんだ。」というセリフがあります。本質的に価値がある本は時の洗礼にも耐えて何十年も読み継がれていくという、古典の魅力をうまく表現したセリフだと思います。
私もこの価値観に共感している面が多いので、基本的には名作とか古典と呼ばれている本をよく読んでおり、そんな読書生活に満足はできているのですが、それにより時代の最先端の情報をキャッチアップできていないという弊害があるのも事実です。
最先端の情報は時の洗礼をまだ受けていません。古典ばかり読んで最先端の情報に触れずに生きてきてしまっていました。
ということで、たまには最新の情報に触れようと、テクノロジー関連の本を読んでみました。今回読んだ本は「WEB3.0」についての本です。せっかくなので古典と合わせ読みしてみます。
『WEB3とDAO』誰もが主役になれる「新しい経済」
水色の表紙がキレイなので手に取ってみました。また、その他のWEB3関連の本は横書きのものが多く、本書は縦書きで読み心地が良かったので購入しています。
読んでみての率直な感想はとても面白かったです。WEB3についての知識を得たうえでしっかりと整理することができました。以下に簡単な解説をします。
今までのインターネットの歴史を時系列で整理すると「WEB1.0」「WEB2.0」「WEB3.0」と呼ぶことができます。それぞれの特徴は下記の通りです。
WEB1.0
インターネットによる情報革命の幕開け。ホームページが主流でユーザーが発信できるのは掲示板など一部のサービスのみ。
WEB2.0
SNSなどの発展によりユーザーが発信や交流できる機会が増えた。しかしユーザーの情報は主に企業が持っており、あくまでも主体は企業にある。
WEB3.0
ブロックチェーン技術によりユーザー自身がデータを持つようになり、主権が分散型である。主なサービスはNFTやメタバースなど。
中央集権型の組織形態だった世の中を、テクノロジーはこの様に少しずつ個人に主権を移していく役割を果たしているのです。
本書ではこの様にWEBの歴史から整理して説明し、WEB3.0がもたらす未来を語ってくれています。
大企業に負けないWEB3.0の民主主義
インターネットとSNSの普及によりWEB2.0の世界でも個人が活躍する基盤が作られたかに思えましたが、大企業の存在とそれに従属してしまう大衆という構造は変わることはありませんでした。
WEB2.0の民主主義
インターネットの技術により人々はパーソナルコンピューターを手に入れ、個人が情報発信することが可能になりました。それによりかつては構造上報われることのなかった人が脚光を浴びて自由を手にする機会が格段に増えています。ブロガーやYouTuberなど、インフルエンサーと呼ばれる芸能人ではない個人のことです。
しかしWEB2.0ではあくまでもGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)をはじめとするビッグ企業がそのサービスを利用する個人の情報を持っています。私たちがググった情報の履歴ははGoogleに握られています。
管理者が国家の様な組織から民間の企業に変わったものの、実質的に情報の主権が中央(GAFA)にあるという事実は変わらず、ネット上にはGAFAを意識した情報が跋扈しています。
Googleのアルゴリズムを意識してブログやYoutube動画が量産されていることを想像すると理解しやすいかもしれません。Twitterも悪質なbotが大量にでまわっています。GAFAを意識しながら個人が活躍できる時代ということです。
WEB3.0の民主主義
個人にチャンスが生まれたと思えたが結局は主権が大企業にある。この何とも言えない現実をブロックチェーン技術が構造から変えてくれます。それが「WEB3.0」の最大の特徴です。
ブロックチェーンという技術については下記の通りです。
ブロックチェーン技術とは情報通信ネットワーク上にある端末同士を直接接続して、取引記録を暗号技術を用いて分散的に処理・記録するデータベースの一種であり、「ビットコイン」等の仮想通貨に用いられている基盤技術である
出典:総務省|平成30年版 情報通信白書|ブロックチェーンの概要
図を見ていただければわかりますが、構造から主権が個人個人に分散されていることがわかると思います。これによってよりオープンな組織形態が生まれ、情報の集約化もないフラットな構造が生まれるのです。
これにてようやく国家や大企業に依存しない、個人が主権を持つことができる社会が生まれたのです。
民主主義の脆弱性|『自由からの逃走』『大衆の反逆』
ブロックチェーン技術が社会の構造そのものを変えてくれるので、ついに個人主体の時代が来るかと思えますが、本質的にはもっと難しい問題が潜んでいるように思います。
そう考える理由は、問題点は人間の本質的なところにあると思ったからです。そのヒントは『自由からの逃走』『大衆の反逆』という2冊の古典から思いつきました。
『自由からの逃走』/エーリッヒ・フロム
『自由からの逃走』はエーリッヒフロムが大戦後に書いた心理学の古典です。歴史を翻ると人類は封建制社会の時代から長い期間に渡って常に自由を求め、ようやく市民的自由を獲得できましたが、20世紀の先進国の国民たちはその自由から逃走するように独裁政権や機械化に隷従して悲惨な歴史に加担してしまいました。『自由からの逃走』はその様な視点からナチズムを分析した心理学の古典的名著です。
この本で強調されているのは、人間は自分自身で決断することを重荷に感じてしまう傾向があるゆえに組織に隷従してしまうということです。
『大衆の反逆』/オルテガ・イ・ガゼット
『大衆の反逆』はスペインの哲学者オルテガが大戦前に著したエッセイの様な形式の哲学書です。こちらは文庫で手軽に読むことができます。オルテガが指摘する「大衆」とは、他人と同じであることを苦痛と感じるどころか快感に感じ、自発的に他人と同じように振る舞う人々のことです。
『自由からの逃走』と同様に、いざ自由を勝ち取ることができた人々も、結局は世界の複雑さや困難に耐えることができずにこの様な「大衆」を形成したと分析しています。
この2冊を読むと人間の本質的な弱さが見えてきます。WEB3.0がいかに個人に優位な社会を提供してくれても、もしかしたら問題はもっと本質的なところにあるかもしれません。
まとめ
WEB3.0が実現すると国家や大企業に介入されない社会が来る可能性が非常に高まっています。本を読んで学んでから私もそんな未来が来ることをワクワクしながら日々を過ごせるようになりました。
しかし安易な未来予測で楽観的にはならない方が良いことを古典が教えてくれています。
ブロックチェーン技術がいくら個人で価値を見出せる構造を提供してくれても、その構造のなかで生きるのは人間であるからです。その人間の本質が脆弱だとしたら結局のところ個人主体の世の中はやってこない。
しかし一方で構造から中央集権型であった時代には、個人にはチャンスがほぼない状態だったわけですから、WEB3.0が未来を拓く可能性を提示してくれているのは確かでしょう。
民主主義は時に脆弱になるという事実を認識し、かと言ってあまり斜に構えることなく、適度にWEB3.0に順応しながら未来を見出そうと思っています。
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