2017年にノーベル文学賞を受賞した、カズオイシグロのデビュー3作目である『日の名残り』を紹介します。
前作『浮世の画家』と同じく、物語は主人公が読者に語りかける方式で進められていきますが、
『浮世の画家』が戦後の日本を舞台に描かれたのに対して、今作は戦後のイギリスが舞台となっています。
今作でイシグロは世界的に権威のある文学賞であるブッカー賞を受賞し、イギリスを代表する作家となりました。この作品をカズオイシグロの最高傑作と呼ぶ人も多くいます。僕も大好きな小説ですのでぜひ読んでみてください。
あらすじ
品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。
日の名残り (ハヤカワepi文庫)
執事であるスティーブンスが現在の主人であるファラディ氏に旅へ出ることを勧められ、イギリス国内を車で旅することになります。
物語はスティーブンスが、その旅をしながら読者に対して過去の執事としての仕事を回想して語り掛けるという方式で展開していきます。イギリスの執事であるスティーブンスの語り口調はとても上品で美しく、それだけでどんどん引き込まれていくのですが、物語が進むにつれて過去の主人であるダーリントン卿という人物が、戦前の外交に関わる重要な人物であったことが浮かび上がってきます。
信頼できない語り手
『浮世の画家』と同じく、この小説もスティーブンスが読者に語りかける構成で進んでいくため、読み手は語り手が話してくれる情報だけを頼って物事を理解するしかありません。
スティーブンスがダーリントン卿に仕えていたことをいかに誇りに思っているかがしみじみと伝わってくるのですが、どこか引っかかるような感じがしながら読み進めていく人も多いかもしれません。僕はそうでした。それには当時のイギリスの外交上の歴史的な背景が潜んでおり、その重要な場面も物語の後半で語られることになります。
戦後の社会的評価転換と回想
スティーブンスが回想している当時の時代背景には、ダーリントン卿が第二次世界大戦前のナチスドイツに対しての宥和政策を支持していたということがあります。
今作はフィクションですしあくまでも史実が元になっている程度ですが、戦後はこの宥和政策が国内から強烈な批判を受けることになってしまいます。スティーブンスが回想している現在は戦後なので、時代が転換したことにより自分が過去に仕えた主人が現在は悪者扱いされているということになります。自分が誇りを持って捧げた人生が社会的な転換により悪者扱いされてしまうという無情さが、美しいイギリスの風景とともに切なく語られていきます。
この作品のラストシーンは、今でも僕の心に強烈に残り続けています。スティーブンスという語り手から読み解くという手法だからこそ、僕のなかに様々な感情が沸き起こったんでしょう。個人が信念を持って生きることと、時代や社会によって正義の定義が移り変わるということ、多くの複雑なテーマが少しずつ表現されている。これこそ名作というべき小説だと思います。
最後に
今日はカズオイシグロの『日の名残り』を紹介しました。日本とイギリスという前作『浮世の画家』とは全く異なる舞台の作品ですが、同じく「信頼できない語り手」という手法を用いて、過去を回想しながら物語が展開されるとても面白い小説になっています。ぜひとも2冊合わせてよんで欲しいと思います。
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