アビジット・V・バナジー エスター・デュフロ『貧乏人の経済学』紹介と感想

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アビジット・V・バナジー エスター・デュフロ『貧乏人の経済学』紹介と感想本の紹介
アビジット・V・バナジー エスター・デュフロ『貧乏人の経済学』紹介と感想
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 今回は『貧乏人の経済学』という本を紹介します。著者の2人が世界的な貧困の緩和への貢献が評価され2019年にノーベル経済学賞を受賞したことで話題となった一冊です。

感想

 非常に個人的で偏見を含んだ印象であることは重々承知ですが、貧困について語られる時に日本ではキレイごとが多いようにしばしば感じていました。理論を過大評価した誇大なキャッチコピーや図表や数式を多く用いた説明を駆使して、近場の人間にのみ評価されて自己満足だけを高めることに終始している。
それって本当に現場で苦しんでいる人たちや社会の役に立っているんだろうか。そしてそんな疑問を持っている自分も、豊かな社会にあぐらを掻いて何もしていないのではないか。
 偉そうなことにそういったことを僕は良く考えているのですが、そんな僕にとって本書はとても現実的なアプローチで貧困問題に取り組んでいる非常に誠実な一冊に感じたんです。本書では著者が実際に貧困が蔓延している現地での研究から、極めて人間的な現実を分析した非常に泥臭い経済学の物語が語られていました。貧困の問題は経済学が得意とする合理的な考え方にそぐわない人間的な行動が強く関係しており、それを一発で解決する魔法の様なものは存在せずひとつひとつ誠実に向き合って解決していくしかないということが身に染みて伝わってきました。現場の人間の行動に焦点があてられた、こんな人間臭い本がノーベル経済学賞を受賞したことをとても嬉しく感じています。

見どころ

 世界の各所で数多くの事例が紹介されていますが、そのなかでも印象に残っている本書の見どころをピックアップします。

見どころ
  • 援助必要派と市場優先派の対立
  • 開発支援の現場で蔓延る「3つのI」の考え方
  • 食事よりも冠婚葬祭を優先する人々の心理

援助必要派と市場優先派の対立

 本書ではジェフリー・サックスが著した『貧困の終焉』が論じる、裕福な世界が貧しい世界に対して多額の海外援助を行えば貧困は解決できるという「援助が必要」という考え方と、ウィリアム・イースタリ―が著した『傲慢な援助』が論じる、援助は自立的な発展を妨げるので市場に任すべきだという、相反対する2つの考え方から貧困問題を考えていきます。マラリアについて考える時に、サックスはアフリカの数万の国に無料で蚊帳を配るべきだと主張しますが、チャリティーコンサートでかき集められたお金によって配られた蚊帳の過剰な網は漁網やウエディングベールとして使われ、マラリアで命を落とす子供の数は増えてしまいました。市場優先派の人々はその現状に対して「無料を経験することで甘やかされるのに慣れた人々は本当に必要なものを買おうとしない」と主張します。この様な援助必要はと市場優先派の対立に対して、著者のエスターは椅子に座って延々と考察するのではなく、実際に現地に赴き現実の結果を調べるというアプローチをはじめました。すると現実には2つの対立のいずれの考え方でも問題は解決できないということがわかります。人間は経済学者が予想するほど理性的ではなく、行動する結果には様々な要因が含まれており2つの相対する推察だけで解決できるものではないようです。
 本書のなかではそれぞれの課題に対して正しい解決策を考えて実践を続けていくという、辛抱強い一歩ずつのアプローチが必要だと論じられています。

開発支援の現場で蔓延る「3つのI」の考え方

 本書で最も印象的に感じた開発支援の現場で見られる、失敗や低効果の原因になる「3つのI」という考え方が紹介されています。
 それはideology(イデオロギー)、ignorance(無知)、inertia(惰性)の3つで、現場の仕事人は献身的であると思いたい「イデオロギー」に基づいた、現場の状況を「知らない」人たちと、それを見てみぬふりをして決して解決しない「惰性」が原因であるというものです。この様な状況に陥ることは誰にでも起こり得ることかと思います。本書が提示したこの「3つのI」を心に刻むことで正しい状況把握と誠実な仕事ができるようになるはずです。そしてそれはもちろん簡単なことではありません。

食事よりも冠婚葬祭を優先する人々の心理

 本書では一般的なイメージを覆す非常に現実的な貧困社会の現状が多くの事例を通して紹介されています。支援をする立場にある人間は貧困世帯に対してお金や物資を援助して問題を解決できると考えがちですが、そこには極めて人間的で社会的な複雑な問題が関係しています。
 貧困によって満足な栄養を得ることができない人々は、手に入れたお金を栄養を得ることに使わずに冠婚葬祭行事に使用する服や嗜好品に費やしてしまっているという現実があります。それは貧しい村社会特有の社会的つながりが強く影響していて、人々が面子を重視した意思決定をしたことによります。こういった現場での状況から、物質的には過剰に豊かな社会においても貧困がなくならない理由が説明されていきます。
 他にも貧乏な人が公的な安い医療よりも高価で信用性の低い民間医療を利用しているインドの現状など、現場での実践的な状況把握なくしては見えてこない現実が数多く紹介されています。

最後に

 本書の面白いところは、経済学であるにもかかわらず現場の描写から事実を述べている点です。貧しい人々がどの様に意思決定をするのかそういった現場の人間に焦点を当てているため、日頃読んでいた経済のニュースを見る目も変わって血が通った理解をすることができるようになりました。
 そして何よりも誠実に問題に向き合う姿勢と努力の大切さを学び、日々の仕事をする姿勢にも影響を与えることになりました。僕も自分にできることから少しずつ実践していこうと思います。

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