村上春樹さんの旅行記『辺境・近境』を紹介します。世界的な小説家として知られる村上春樹さんですが、エッセイや旅行記も多く書いており、小説では読むことのできない一味違った文章を楽しみながら読むことができると思います。僕にとっては小説ではわからなかった村上さんの人となりがわかり、身近な存在に感じることができた作品でした。
本作ではメキシコ、アメリカ、ノモンハン、そして四国から神戸まで、まさに辺境から近境までの旅路を読んで追体験することができます。小説ばかりが話題になりがちな村上春樹さんですが、旅行記もとても面白いのでぜひ読んでみてほしいと思います。
あらすじ
久しぶりにリュックを肩にかけた。「うん、これだよ、この感じなんだ」めざすはモンゴル草原、北米横断、砂埃舞うメキシコの町……。NY郊外の超豪華コッテージに圧倒され、無人の島・からす島では虫の大群の大襲撃! 旅の最後は震災に見舞われた故郷・神戸。ご存じ、写真のエイゾー君と、讃岐のディープなうどん紀行には、安西水丸画伯も飛び入り、ムラカミの旅は続きます。
辺境・近境 (新潮文庫)
日本人で世界的に有名な小説家といえば村上春樹さんの名前が真っ先にあがるかと思います。そんな村上春樹さんの小説には上品な音楽や風景の描写が多く描かれていますが、本作はそんな村上さんとは一味違うハードボイルドでバックパッカー的な非常に渋い旅が描かれています。行先もメキシコ、アメリカ、ノモンハン、そして四国から神戸まで、遠い国の辺境から故郷の神戸の近境まで、非常にディープな内容となっており飽きることなく読み進められるはずです。
現代人としての謙虚さ
この旅行記はとても幅広く色々なところを訪れていますが、旅先の描き方がどことなく淡々としている印象を受けます。そして誇大な書き方をせずに見たものや起こった出来事を書き連ね、村上さんの知識や考え方についても合間合間に挟まれ、外界とともに内面的な楽しみも合わせ持っています。旅先が幅広いだけでなく、国内も合わせて周っているのがあえて新鮮な感じもして、飽きることなく全編を読み通せるかと思います。
何故この様な淡々とした描き方がされているのかを探ってみたのですが、あとがきで村上さん自身も書かれていたように、現代では誰でもどこにでも簡単に行けることへの自覚が強いようでした。かつてはそれこそ命がけの世界一周旅行だったり、壮絶に貧乏な生活をしながら旅をしていたり、旅行記は非日常を象徴するような書かれ方がされていましたが、今は時間とお金さえあれば誰でも世界中を旅することが可能な時代になりました。村上さんはそれらかつての旅行記のことも踏まえた上で、現代においての自分にできる旅を謙虚に描いて読者に届けてくれているように感じます。
それでも、謙虚とはいえ行先は深くて幅広い場所ばかりなので、刺激も多く得られる旅行記の名著に仕上がったのだと思います。
故郷・神戸での思考
辺境を周った村上さんが本書の最後に描くのは故郷神戸の街です。当時は阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が起きたばかりで、村上さんは旅をしながら作家として「自分には何ができるか」を深く考えています。 旅をして辺境から近境までに身を置くことで自分自身についても深く考えることができるきっかけになるものだと、旅の効用を認識させてくれました。
現代では情報も豊富なので誰もが旅ができる利点もありますが、わざわざ旅をしない人が増えている側面もあるように感じます。しかしやはりこの様な旅行記を読むことで、実際に足を運んでその土地のことを肌で感じて自分の頭で社会と自分について考えるという体験が、いかに価値あるものだったかを再認識しました。
この旅を通して村上さんがどのようなことを感じたのかはぜひ実際に読んでみていただきたいと思いますが、こういった旅行記を読むことで知的な刺激をうけ実際に旅をする人がたくさん増えてほしいと願っています。読者の数だけ旅先で感じることが異なることを思うと、この様な旅行記の意義もとても大きいものだと強く感じました。
最後に
今回は村上春樹さんの旅行記『辺境・近境』を紹介しました。ネットで色々な方の感想を読んでいると、村上さんの「小説は苦手という人も旅行記は好き」という人が案外たくさんいました。小説とは違った魅力が詰まっていることは間違いないので、小説があまり好きになれなかった人もこちらから読んでみると良いのかな、と思いました。ぜひ読んでみてください。
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