中島らも『今夜、すべてのバーで』紹介と感想

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中島らも『今夜、すべてのバーで』紹介と感想
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 天才作家とも奇才作家とも呼ばれる中島らもの『今夜、すべてのバーで』を紹介します。本作は著者の代表作の一つであり、自伝的な要素も含まれている中編小説です。タイトルを一見する限りではロマンティックな響きにも感じますが、内容はアルコール依存症で入院した主人公、小島容の入院から退院までを描く小説であり、ロマンティックとは対極に人間の弱さという現実にとことん向き合った作品となっています。
 他作品やエッセイを読めばわかりますが、本作は彼自身がアルコール性肝炎で入院した体験をもとに描かれています。入院を通して感じていたことが、本作で小説というかたちをとって表現されます。自分とは関係がなく興味が湧かないという方もいらっしゃるかもしれませんが、本質的に人の弱さや依存性について深く内的に思考された一冊ですので、関係がないという人も読む価値は大いにある作品になっています。そしてもちろん、単純に読み物として面白い作品です。

あらすじ

「この調子で飲み続けたら、死にますよ、あなた」。それでも酒を断てず、緊急入院するはめになる小島容。ユニークな患者たち、シラフで現実と対峙する憂鬱、親友の妹が繰り出す激励の往復パンチ。実体験をベースに生と死のはざまで揺らぐ人々を描いた、すべての酒飲みに捧ぐアル中小説。第13回吉川英治文学新人賞受賞作。

今夜、すべてのバーで 〈新装版〉 (講談社文庫) 

 主人公の小島容が長年の過剰な飲酒により35歳で入院するシーンから物語は始まります。序盤に描かれている彼の飲酒量は驚くべきもので、17年間毎日飲み続けγGTPは1300を超えていました。一般的には100を超えると異常値と診断されます。そんな小島が入院先で多くの人々と出会い交流をし、人の弱さについて思考しながら依存症と向き合っていきます。逆説的に依存症という自滅的な生き方から生きることの意味が見出されていきます。

豊富な文献調査で書かれるアルコール依存の実態

 本作で著者は豊富な文献を参照し、アルコール依存症の実態を社会的要因や精神的要因から解き明かしていきます。酒飲みというのはただ意志が弱くだらしがない側面だけで判断されてしまいがちですが、往年の有名人のエピソード、例えばエルヴィス・プレスリーが依存していた多量の薬物にまつわる資料を引用し、誰もが依存症に陥ってしまうという事実に気づかされます。
 どんな人間も弱さを抱えており、あらゆる手段でその弱さを埋めようと行動をします。そんな時に手っ取り早く快感を与え忘却の手助けをしてくれるものがアルコールであり、日本では合法的にいつでもどこでも入手できてしまいます。そして日本を含めた先進国では社会の発展により、個人が時間を有するようになるとともに持て余すようにもなる。そんな時に一人で時間を潰すことができない人間は酒に手を出し日に日に摂取量が増えていきます。酒メーカーはそこに市場を拡げていき、政府の規制は一向に方針を変えず中毒者を生み出し続けてしまって います。文化として一般化された側面もあるので、この様な視点でアルコールについて説明している機会は少ないように思います。
 ただただ無思考で批判的な意見が述べられがちですが、様々な要因を把握したうえで考えていく必要のある問題なのかと思いました。

入院先での出会い

 小島は酩酊しながらも豊富な知識を持った非常に冷めた視点で人生を過ごしていましたが、入院先では多くの医療従事者や患者と出会うことになります。そこでは愉快な老人から少年まで、そして献身的な看護師から厳しく接する主治医と多くの交流を経て、少しずつ退院に向けて治療を進めていきます。
 最も印象的で物語の主軸となるのが綾瀬少年との出会いです。少年は17歳で病気によって人生に遅れをとり、現在も死を意識して未来が描けないまま闘病しています。彼と小島は病院で出会い本の話を通して意気投合します。少年も自分が好きな作家の話をしてくれた小島の存在を喜んでおり、少なからず影響を与えている様子が描かれています。

 そんな少年について、彼らの主治医である赤河は厳しい態度で小島に接し、大人と子供についての人生を語ります。つまらないことばかりさせられている子供と違い、大人は自分で人生を生きることができる。酩酊して無駄に過ごした18年を綾瀬少年にくれてやれと辛辣な言葉を浴びせかけます。

 ロマンティックに思えるタイトルだったこの小説から、極めて現実的な内容が描かれ、その現実が小島に生きることを意識させた最も有効なものだったように感じます。

最後に

 この作品は未だに色あせることのない、人間の弱さと人生の厳しさ、多様な人々を描いている名作中の名作だと思っています。自分と他人の弱さを認めることも必要かもしれませんし、厳しく接することや受け入れることも必要かもしれません。この小説の登場人物たちも明確な答えは語りませんが、現実と向き合うことで生き方を我々読者に教えてくれています。人の弱さと依存性を知り、新たな価値観を得ることのできる作品です。ぜひ読んでみてください。

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