中島らも『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』紹介と感想

中島らも『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』紹介と感想エッセイ
中島らも『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』紹介と感想
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 天才作家とも奇才作家とも呼ばれる中島らもの『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』を紹介します。小説のイメージが強いかもしれませんが、日常どんなことを考えているのかを知ることができるのが魅力です。今日はそのなかから『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』を紹介します。

あらすじ

超有名進学校「灘校」に八番で入学。ギターを弾いたり、漫画を描いたり、学業以外に打ち込みすぎて成績は面白いくらいに下降線を辿っていく。超受験校のすみっこで底抜けの明るさと底無しの泥沼の間をさまよった「落ちこぼれ」の日々。60年代後半から70年の時代のフレイバーと神戸の街が交錯して中島らもの青春がモラトリアムの闇に浮かぶ。おかしくも哀しく、忌まわしくも愛しい至福のエッセイ。

僕に踏まれた町と僕が踏まれた町 (集英社文庫)

 本書は1987年から1988年にかけて連載されたものをまとめたエッセイであり、若き日10代から20代くらいまでのことが主に書かれています。言わば大人になるまでの過程を振り返った自伝的な側面もあるかもしれません。あとがきでご本人も書かれていますが、そのストーリーを通して時代のフレイバーを読み取ることができます。
 世界を見渡すと一人の若者のエピソードというのは「アリの一生」ほどの大きさで取るに足りないものに思えますが、本書の様なストーリーを通して見ると一人一人の「人生」には莫大な景色や意義が詰め込まれていることがわかります。一人の天才作家の若き日々を覗き見るにはぴったりの一冊のです。ぜひお読みください。

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モラトリアムの日々

 中島らもは超優秀な子ども時代を過ごし、関西の名門校である灘高校に進学します。しかし音楽・文学との衝撃的な出会いをきっかけに勉強をしている場合ではなくなり、試験も受けなくなったので学力の低さもわからない状態に落ちぶれてしまいます。その後大阪芸大に進学するのですが、進学までの経緯や大学生活についてのエピソードが多く書かれています。この大学4年間はらもさんにとって人生で唯一の「何もしなくていい」時期であり、本当に「何もせず」過ごしてしまったことを悔いていると言っています。
 僕は1970年代のイメージにこの様な学生生活というものを持っていませんでした。全員が全員もっと迷いなく生きている、大半は大手企業への就職に向けて、他にも政治的な課外活動に勤しむ学生がいる程度だと思い込んでいたのですね。最近では将来やりたいことがわからないというような悩みを多くの学生が持っていますが、時代を経て現在の様な問題がでてきたのだなと認識していただけに驚いたものです。当時からモラトリアムをモラトリアムのまま過ごす学生がいたというのは、近代史を考察した本を読んでも知ることはなかなかできずこのエッセイを通して初めて知ることができました。

 時代の現実とその描かれ方は異なりますが、一人一人の生き方には変わらないものがあるのかもしれません。…つまり何が言いたいかと言うと、このエッセイはひと昔前に書かれた若者のエピソードではありますが、現代の若者が読んでも、いや、今の若者が読んでこそ、強い共感を呼ぶのではないか、ということです。周囲が次々と就職を決めていくなか何もせずにぼおっと日々を過ごしていく若き日々が描かれています。周囲と自分を比べて焦るというのは普遍的な悩みだったのですね。

生きることにした

 本書では中島らもの酒との出会いからアルコール性肝炎で入院するまでの破滅的な自伝的エッセイもあわせて書かれています。
18年間毎日少なめに見積もっても日本酒を5合飲んでいたという人が、入院先での人びととの出会いを機に酒を辞めて生きることを選びます。それ程の人生の転機になり得る思考の転換はどの様なものだったのでしょうか。
 入院先でたくさんの病気に襲い掛かられた病人たちと一緒に暮らして話をしました。そうした人たちは病気に襲い掛かられて戦っていた人たちだったのですが、彼は自ら泥酔するという快楽を求めてたぐり寄せた病で入院生活を送っていたことになります。そんな自分に苦痛を訴える資格というものは全くないと言い、自身と病院で出会った人たちを比べてこの様に語っています。

もしこの世界というものが、因果応報で公平で理にかなったものであったなら、僕が死んでその分の命をこの人たちが受け取るべきたったろう。ところがこの世界を律している神は、わけのわからないムチャクチャなやつらしくて、納得のいくようなレフェリングはしてくなかった。
そうやって転がり込んできた命を、また同じことをして捨てにかかるのでは、死んだ人に対して申し訳がたたない。だから僕は生きることにした。

僕に踏まれた町と僕が踏まれた町 (集英社文庫) p.94

こうして彼は酒の代わりにシュークリームを食べたりして、どうにかこうにか酒を絶つことになったのです。尚、この体験をもとに書かれた代表作が『今夜、すべてのバーで』であり、入院中の出会いとそれによって受けた価値観の変化についても劇的に描かれている名作です。

最後に

 若きのモラトリアムについて描かれた本エッセイ『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』。僕は若いころに共感をしながら自分の焦りを覆い隠すようにして本書を読み始めましたが、大人になってから読んでみると自分事としてだけでなく社会や時代を踏まえることでまた違った読み方ができました。青春の光と闇を時代ととも描いた本作、ぜひ読んでみてください。

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