内田樹『下流志向』紹介と感想

内田樹『下流志向』紹介と感想エッセイ
内田樹『下流志向』紹介と感想
スポンサーリンク

 現代フランス思想家であり武道家の内田樹さんの『下流志向』を紹介します。この本は日本の子供たちの勉強について、日本の若者たちの仕事について論じた一冊です。

 子供たちは自ら勉強をしなくなり若者たちは自ら働くことから離れようとするようになってしまった。
学力低下やニート・引きこもりなど、社会問題になってしまっているこれらの事実について、内田樹さんが真っ向から受け止めてその理由を鮮やかに読み解いて説明してくれます。2007年に書かれた本ですが、現在もこの問題は解決されているようには見えず、良くも悪くもこの本を読む意義は増しているように思います。教育や仕事について真剣に考えてみたい人に強くおすすめできる一冊です。ぜひ読んでみてください。

この本で学べること

 勉強をしない子供はどうすれば勉強するようになるのか。働かない若者はどうすれば働くようになるのか。頭ごなしに「勉強しろ、働け」と言っても逆効果になることは目に見えています。
 この難題について、現代社会の潮流と若者の心理を理解することから分析をし、更には働くということは社会とどの様に関わることなのか、という根本的なことまで思考を凝らしながら問題に向き合っていきます。いつもの通りユーモアのある文章でわかりやすい説明をしながら、その謎を解き明かしてくれる素晴らしい一冊になっています。

この本で学べること
  • 学びからの逃走・労働からの逃走
  • 現代社会の潮流と若者の心理
  • 労働の意義と社会とのつながり

学びからの逃走・労働からの逃走

 まえがきでも述べられているように本書の主題は「学びからの逃走・労働からの逃走」であり、自ら勉強をしなくなる若者と自ら働くことを避けようとする若者について書かれた本です。
 長い歴史をかけて人類が手にした「自由」を先進国の市民が自ら放棄して社会に屈従する様を分析したエーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』を引用しながら、日本社会のなかで学びと労働から自発的に逃走する若者たちのことを分析して論じた内容になっています。

 日本も長い歴史をかけて国民全員が教育を受ける機会を手にすることができ、そしてそれは日本人にとって当たり前の認識になりました。しかし海外の報道などに目を向けてみると教育の機会そのものが与えられていない国が世界には多くあり、教育をうけることができるのは決して当たり前ではなく貴重な機会を有していることがわかります。フロムが分析した「自由」と同様に、長い歴史をかけて国民が手に入れた「教育」を受ける機会を何故若者が自ら放棄するのかを内田樹さんが分析します。

現代社会の潮流と若者の心理

 本書のはじめのテーマは学ばないこどもたちについてです。学力低下が世間で叫ばれているが、その根本原因として子どもたちが自ら勉強を放棄している現状について触れています。そして若者が何故そういった考え方をするのか。それについて若者たちが「消費主体で自己を確立している」ことを挙げています。少し固い言いまわしなのでわかりにくいかもしれませんが、簡単に言うと勉強を損得勘定で判断し「勉強をしない」選択が最も合理的だと判断しているという分析です。

 若者側の心理もなんとなく理解できてしまう、しかし「それでいいのだろうか…」と何だか煮え切らない複雑な現象ですよね。しかしそんな若者に対して内田樹さんは「学びは市場原理によっては基礎づけることができない」と力強く言い切っています。
若者の立場も明確であるゆえに、教育を推進する側の大人はこの様に力強く言い切れる確信が必要になるように感じます。
 「それが何の役に立つのですか?」と若者に問われた時に絶句してしまわないよう、大人も思考を磨いておく必要があると思いますが、本書ではその思考を磨くための説明がとても詳しく書かれています。
教育の対象である若者はひとりひとり個性を持っているのでひとつの答えを提示することはできませんが、潮流と若者の心理を分析すること、そして学びの本質を考えることでこの難題に構えることができるようになると思います。

労働の意義と社会とのつながり

 教育から逃走する若者の一方、労働から逃走する若者についても書かれています。労働から逃走する若者、つまりニートの存在についてです。近年話題になり始め、そして深刻な社会問題と化した存在ですが教育と同様に決して個人を責めるわけではなく一つの現象として分析と考察を続けます。

 この章で内田樹さんは経済学から人類学まで(マルクスからレヴィストロースまで)を引用しながら、人間にとって労働することの意義を徹底的に考察したうえで若者が労働から逃走する原因を考察しています。この壮大な考察がニート当事者に届くのかというのはわかりませんが、「そもそも働くことってどんな意義があるの?」という問いへの答えをひとりひとりがしっかり持つことは問題解決の第一歩になるように思います。

 僕はこの考察を読んで、時に不合理に感じてしまう労働というものは人生設計における功利的な手段だけではなく、そもそも人の役に立つことで社会とつながることになるのだと思えるようになりました。
 労働から逃走する若者の心理は案外合理的だなと感じたので一理あるなーとは思いました。でも、合理的判断をしたことで孤立してしまったら本末転倒じゃないですか?やはり一度きりの自分の人生、合理的な判断だけでなく総合的に豊かな意思決定で生きていきたいと思うのですがいかがでしょうか。

最後に

 教育と労働という大きなテーマを批判的ではありますが深く考察した『下流志向』を紹介しました。
僕にとっては耳が痛い内容も多く(僕も勉強や仕事からは逃走したくなることが多かったからです)辛辣な内容ではありました、人間と社会にとって教育と労働とは何なのか根本的な考察を巡らせることができる素晴らしい一冊だと思います。
 難しく感じるかもしれませんが専門的な知識な一切必要なく、講義を聞いているような感覚で最後まで読み通すことができる読みやすさもおすすめです。ぜひ読んでみてください。

コメント

タイトルとURLをコピーしました