ミシェル・ウェルベックは1958年生まれのフランス人作家で、98年『素粒子』がベストセラーとなり、2010年『地図と領土』でフランスで最も権威のある文学賞であるゴンクール賞を受賞しました。
2015年に本作、イスラム教批判とも捉えられるスキャンダラスな小説『服従』が発売され、奇しくもその日にシャルリー・エブド襲撃事件が起きたことで一挙に有名になりました。
現在ウェルベックの作品は日本でもほとんどが文庫で入手可能ですが、この作品をきっかけに過去の作品も日本で文庫化されたという経緯もあります。日本でも多くの人に読まれるきっかけとなった作品と言ってよいでしょう。では、どの様な作品だったのか見ていきましょう。
あらすじ
二〇二二年仏大統領選。極右・国民戦線マリーヌ・ル・ペンと、穏健イスラーム政党党首が決選に挑む。しかし各地の投票所でテロが発生。国全体に報道管制が敷かれ、パリ第三大学教員のぼくは、若く美しい恋人と別れてパリを後にする。テロと移民にあえぐ国家を舞台に個人と自由の果てを描き、世界の激動を予言する傑作長篇。
服従 (河出文庫 ウ 6-3) 文庫
主人公は大学の文学部教授でジョリス=カルル・ユイスマンスの研究者です。社会的な地位もそこそこなので生活に困っているわけではありませんが、政治にはそこまで介入もしない距離を置いた生き方をしており、彼の冷めた視点でフランス社会が語られていきます。
そんな彼が目の当たりにしているのは、2022年に極右・マリーヌ・ル・ペンとイスラム政党の党首モハメド・ベン・アッベスが一位と二位になっているという選択に迫られたフランス社会です。結局フランス人たちはイスラム政党を選ぶことになり、フランス人および主人公もイスラム教に改宗していくというストーリーです。
精神の自死の反映
本作が日本で話題になっていった経緯には冒頭で書いたような出版日と重なったスキャンダラスないきさつがありますが、実際に読んでみると物語の展開に派手さはなく、人生に希望を見出せていない主人公の暗い価値観が舞台になっている近未来のフランス社会に投影されて描かれていくという、いささか地味で陰気な展開をしていきます。
最終的に改宗していくまでの過程が描かれているので、心躍る様な展開もなくぐったりしてしまうかもしれません。僕はあっけにとられてしまった感を抱きつつもやもやしてしまいました。
確かに何とも言えない読後感を感じる作品ではありますが、ウェルベックは現代社会を否定も肯定もせずに描き、その中で生きる人々の考えも合わせて読んで知ることができます。本作の主人公は精神の勃起不全ともいえる様な状態ですが、J・K・ユイスマンスをはじめとした文学作品をわずかばかりの心の糧に、好きになれない現実を生きることに折り合いを付けている様に見えます。
服従することについて
本書では政治がイスラム政権に傾く中で主人公がイスラム教に改宗していく様子が描かれていくのですが、政治的な価値観をひとまず抜きにして考えると、人生において服従することの必要性が語られていきます。
私たち日本人から見るとフランス人というのは歴史的にも自らの意志で社会を切り拓いていっている印象を持ちますが、本作では精神的な自死をしているような状況になっています
そんなフランスでも社会全体の傾向が影響されると、人間は価値観をすっかりと変えてしまい服従して生きるを選択し得るということが理解できます。
改宗していく過程を読んでいるとイスラム教の教えが一部のフランス人を生きやすくしていることがよくわかります。イスラム教の脅威という様な観点ではなく、人間と社会の在り方を考えることができるでしょう。
最後に
最後までお読みいただきありがとうございました。日本でウェルベックが読まれるきっかけになった『服従』ですが、少しぐったりする生気のない小説になっています。
しかしぐったりしながらも人間と社会の在り方を考えることができる話題作ではあるので、ぜひ読んで欲しいと思います。他の作品に比べると衝撃的な描写は少なく、負担なく読めるかもしれません(個人の感想ですが…)。
コメント