『KYOKO』は1995年に村上龍さんが監督・脚本を務めた映画をノベライズした作品です。映画の主演は高岡早紀さんが演じましたが、その他のスタッフは全員外国人だったようです。その経緯が関係あるのかはわかりませんが、この作品はほかの村上龍さんの作品とは一味違った魅力を持つ本当に美しい物語となっています。
主人公キョウコが目的に向かってまっすぐに生きていく様や、出会った人々の語りから見える様々な価値観、海外文化についても特にヒスパニックやキューバ音楽の魅力を知る上でもたくさんの魅力が詰まっています。僕もこの小説で知ったキューバ音楽をSpotifyで聴くようになりました。
複数の人の語りを読みとっていくスタイルで話は進むのでとても読みやすく、文庫版で200ページ程度の長さなのでぜひとも気軽に読んでみてください。
あらすじ
基地の町で育ったキョウコは黒人米兵ホセからダンスを習った。それから十三年後、彼女はホセに会いにNYへ。ホセはキューバ系で、やっと探し当てた時は末期のエイズで死にかけていた。彼の願いは故郷に戻ること。彼女はホセを乗せハンドルを握り、南への旅をはじめる。差別的な眼差しの中でキョウコを癒してくれるのは、エネルギッシュで、ソフィスティケイトされたキューバのダンスだった。日本、アメリカ、キューバ…座標の違う三つの価値観のなかで描かれるストーリー。
KYOKO (集英社文庫) 文庫
この作品は序章の主人公キョウコの語りによって幕をあけますが、どことなく閉鎖的な雰囲気を感じる彼女の幼少期に、ホセという外国人からダンスを教えてもらうという印象的な出会いから始まります。13年後にキョウコはホセに「ありがとう」と言って一緒に踊るということだけを目的に、会社を休んでアメリカに旅立つことになります。しかし話はこれだけでは済まず、再開できたホセは末期のエイズに罹っていました。彼の「故郷へ帰る」という願いを叶えるためにニューヨークからキューバへとキョウコが運転をして旅を進めることになります。
物語の展開だけでなく、もともとのきっかけであるダンスを教えてくれたことへの感謝の気持ちなど、美しいながらもただのロードムービーや夢物語では済まない魅力がたくさん詰まった名作です。
旅を通して出会う複数の語り手たち
キョウコがマイアミを目指していくなかで出会った複数の人々の視点で物語は語られていき、インターリュードというそれぞれの語りの合間にて時折キョウコの語りも挟まれ、物語は進んでいきます。そのため、読み手側はそれぞれの視点からキョウコという日本人女性を思い描いていくことになります。キョウコは「ホセの願いを叶えてあげたい」という突出したまっすぐさを持っているので、キョウコを軸に出会った外国人たちそれぞれの視点から読者がそれぞれ読み取ることができるとても面白い作品になっています。
舞台は日本と異なり人種が多様な国アメリカであり、ニューヨークからマイアミまで10州ほどを旅することになるので、キョウコはたくさんの人種と出会うことになります。そんななかでもキョウコの生き方がブレていません。そんなキョウコだからこそ、それぞれの考えや感じ方が読みやすくなっており、出会っていく人々から一人ずつ物語を読み取るという楽しみ方ができる小説になっています。
村上龍が書く妖精譚
村上龍さんの小説といえば、過激な描写も含んだ社会的な作品が多いのですが本作はそれらとは違う数少ない作品となっています。
文庫版のあとがきで龍さんも書いていますが、この小説は一種の妖精譚であり他作の様な読後に深く考えさせられるといったことよりも、極めて純粋に感動させてもらえるそんな作品かと思います。キョウコのひたむきな姿勢と旅の途中で出会った様々な人々から何を感じ取るのかは読者に委ねられますが、文庫版のあとがきには読者のWEBサイト龍声感冒で募集した読者22名(女性限定)が掲載されています。ここではこの作品が出版された20世紀末に、日本で現実を生きた女性達がこの美しい物語をどう感じたのかを読むことができます。
様々な立場の女性達が当時の状況下でいかにキョウコからそれぞれの生き方や価値観を読み取り、自分の人生に影響を与えたのかが強く伝わってきます。そしてみなさん文章がお上手で驚きます。。
そして本作は妖精譚であり社会的なメッセージが少ないとはいえ、村上龍さんが書いた作品だけあって薄っぺらい現実逃避のロードムービーの様な印象は一切ありません。現実を徹底的に見つめる龍さんが書いた美しい物語だからこそ、当時の日本の現実社会で生きていた女性たちにこの作品が強い影響を与えることができていたのだと思います。
もちろん現在も魅力が褪せている訳ではなく、今もこれからも読み継いでいくことができる作品だと思っているので、まだ本作を知らなかったという人にはぜひ読んでみて欲しいです。
最後に
最近はあまり知られておらず書店にも並んでいないことが多い本作ですが、手軽に読むことができる中編小説ですのでぜひ読んでほしいと思っています。こういう美しい物語を村上龍さんの様な力強い作家さんがあえて書くことで深みが加わるんだと思います。『KYOKO』おすすめの一冊ですのでぜひ。
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